イラスト練習。できるだけ1日1枚。 ついでに兵器ネタと時事ネタも。

イラスト練習帳

射撃開始
射撃開始

さて、気の抜けたマンガに戻ります。白い。

沖縄でインフルエンザが未だ流行中。11月から全国的に流行し始めるとのことなので、マスクとうがい、手洗いを忘れずに。

御福餅も製造日改ざん。こんなところまでマネしなくてもいいのに。今まで短い賞味期限を新鮮さのアピールにも使用していたわけで、これがウソだったとなるとプレミアが100円くらいこそげ落ちるような気がしますが。

さて、文献の続き。

 文化的な力が症状の認識や存在に重要な役割を演じる一方で、それらは独占的な要素ではない。ジョーンズらの研究によると、クラスター分析は第2次大戦中の兵士の大部分で構成された胃腸グループを明確にしなかったことが顕著である。事実、非潰瘍性消化不良と診断された兵士達は、3つの集団すべてに分布していたが、神経精神グループではより少ない量であった。同様に、シェルショックまたは神経衰弱と診断された従軍外の人員は、第1次大戦と関連した単一の集団においては発見されなかった。彼らの何人かは湾岸戦争兵士やボーア戦争参加兵に一般的な症状を示した。これらの結果は、戦争症候群の症状パターンが多様で、提案された同時代の記述や解釈に比べて、身体的な領域に、より少なく焦点を当てられていることを示している。第1次大戦時に戦闘後症候群に罹患した兵士すべてがシェルショックに悩まされていたわけでは決してなく、多くはDAHの伝統的な心臓症状を示していた。努力症候群は、胃の問題や精神症状が優性と考えられていた第2次大戦中にも持続していた。ゆえに、文化というのは症状パターンを決定する際に、これまで言われてきたよりも演じる役割は少ないものと考えられる。その主なインパクトは、医師が機能的な肉体の表象をカテゴリー化したり解釈したりする説明や方法、患者の活動や症状を説明する方法に関与するものである。ゆえに、文化は特別な時点であるが例外および継続性を無視した代価での社会の大部分を満足させる優れた医学的説明をしばしば必要条件とする。

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| 軍事系 | 17:54 | トラックバック:0コメント:0
プローン・ポジション
匍匐

銃をどこに置こうか…。

台風が発生、土日にかけて日本に接近の模様。あまり大きくはならなそうですが、太平洋沿岸地域の方はご注意を。

上半期ゲーム機売り上げは任天堂のWiiがソニーのPS3を3倍以上リード。年末商戦で巻き返しなるか。人気ソフトを生み出せるかもカギです。まあ私はどっちも買う予定はありませんけども(笑)。

さて、文献の続き。

8.エージェント・オレンジの影響
ベトナム戦争参加兵にみられたエージェント・オレンジの影響は、毒素への曝露による関心を比較的反映したものだが、毒素による最初の戦闘後症候群からはかけ離れていた。「ガス・ヒステリー」という単語は第1次大戦時に存在しており、これは塩素ガスやホスゲンに低濃度で曝露した兵士が物理的な影響から完全に回復した後も病気に悩まされ続けるものであった。恩給を支払うため、これらの多くの症例は症状の似ているDAHとして再分類された。最初に、フレデリック・モットがシェルショックは砲弾が炸裂した際に生じる一酸化炭素や他のガスによる神経性の疾患であると仮説を立てた。第2次大戦時、マラリアに対する予防法としてメパクリン(アテブリンとして知られる)がイタリアと東南アジアで使用され、ドイツのプロパガンダにより助長された恐怖もあり、イギリス軍やオーストラリア軍の一部がインポテンツになったと信じられている。
 ベトナム戦争の間、枯れ葉剤であるジオキシン(エージェント・オレンジ)が、ベトコンの支配地域であるジャングルに航空機から散布された。エージェント・オレンジの名前の由来は、一般に信じられているようなその化学的特性からではなく、貯蔵されていたドラム缶の色から来ている。慢性的な体の症状に悩まされていた何人かの兵士は、それらの疾病が除草剤の曝露の影響によるものと思っており、一方で、子供の先天性異常の原因とも訴えていた。事実、ベトナム戦争に従軍してエージェント・オレンジに曝露したオーストラリア軍兵士は、エージェントオレンジの曝露が「毒物による神経衰弱」を発症させることを示唆していた。現在、科学的および疫学的研究では原因として特定されていない。しかし、エージェント・オレンジに曝露した兵士が訴える身体症状はしばしば、他の戦争関連疾患の症状と類似していることは特筆すべきである。エージェント・オレンジへの曝露は、有機溶剤や他の化学物質が、身体、ときに免疫系に危機を招くという現代の恐怖を反映している。これらの意見は、一般人において合成化学物質を原因として発症するシックハウス症候群、水銀中毒症候群、化学物質過敏症、自己免疫性疾患、免疫系異常と置き換えることができる。

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| 軍事系 | 17:29 | トラックバック:0コメント:0
迫撃砲小隊
迫撃砲小隊

だんだん絵が適当になってまいりました。

中国が月探査衛星を打ち上げ。かぐやと一緒に月をぐるぐる回ってくることになります。ぎすぎすしがちな日中関係ですが、宇宙空間では仲良く周回。

国産松茸の収穫量が戦後最悪になる見込み。まあ食べる予定はありませんけども。また偽物が続出しそうな予感。

トルコ軍のF-16がイラクを爆撃、小規模の地上部隊も侵攻したもよう。おそらくは強硬な反撃を望む国民へのポーズの段階でしょうけども、本格的な侵攻に入る可能性も否定は出来ず、緊張状態が続きます。死人が出ても話し合いで、というのはかなりの忍耐力が必要。

さて、文献の続き。

 この仮説には全員が賛成したわけではなかった。ハインズ・ハウウェル氏は、1941年におけるイギリス軍病院での神経性消化不良の131例を報告し、1940年と比較して12.4%増えていると指摘した。対照的に、彼は本質的な説明を提案している。

 平和なときには彼らの家の環境に適応するのが精一杯のこれら貧弱な人格を持つ人々は、軍の環境という逆境に対して入隊したとき、もはや適応することができない。これら神経症が彼らの消化不良の中心となっているかどうかは断言するのが難しい

戦争開始時の研究は心理学的な説明を除外していたが、患者の増加により、再評価が行われることとなった。消化性潰瘍致死率と社会的地位や生活スタイルの分析から、モーリスとチトマスは、十二指腸潰瘍が、とくに人格の「視床下部」型と関連した精神身体的疾患であると結論づけた。彼らは、近代都市生活のストレスが、栄養の要素よりも重要な役割を演じていると考えた。
 死亡率統計に基づく後ろ向き研究では、戦争の間、1950年代半ばの流行のピークに対して結果として上昇した消化性潰瘍の疫学を目の当たりにしたことを確立した。第2次大戦中、危険性を伴う胃切除以外には消化性潰瘍には有効な治療法が無く、また穿孔による死亡も本疾患の一般的な脅威だった。これは、「純粋な機会」がおそらくは非潰瘍性消化不良の増加の説明ではないことや、転化疾患という形態が一般的な健康の脅威や医学的な科学の限界に影響を受けることを示している。

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| 軍事系 | 18:30 | トラックバック:0コメント:0
引き続き戦闘中
戦闘中

相変わらず適当。

ゲゲボアニメはなんとか間に合いそう。今回は落差をネタにしたので、髪の毛の線とか無駄に時間を消費しました。載ればいいなあ。

防衛省の不祥事に対し、首相が防衛相と事務次官に厳重注意。実際どういうふうに注意してるんだろ。正座させたりはしないと思うけど(笑)。ハートマン軍曹調でやってたりして。

さて、相変わらず直訳の文献。

このようなことは、シェルショックという単語を委員会が「この症例はより一般的な関心、注意、同情を喚起しており、罹患している者にとって好ましい訴えとなる」と結論づけたためであった。
 第2に、委員会は、入隊時の精神的状況に適切な注意を払うことで、シェルショックの発症率をかなり低下させることができると結論づけた。彼らは入隊主任から、志願兵が大群衆の中から兵籍に入っていた戦争初期の間、医学的検査が「もっともでたらめな状態」で実施されていたという話をされた。20-30%は医師に受診しておらず、残りもおざなりな診察を受けたのみだった。1人の医師が10日間に400名を診察する状態であった。一方で、入隊の慎重な選択が、戦争神経症に対して精神的な傷つきやすさに劇的な減少をもたらした。その上、適切に訓練された兵士は、シェルショックに悩まされず、疾患に屈服した多くの兵士は、キッチンナーのいち早く集められたパル大隊の一員か、それに続く不本意な徴兵者であることが断言された。
 報告では主要なジレンマが未解決のまま残された。それは、真に罹患しているもの(戦闘により心的外傷を受けた勇ましい人物)を、心理学的障害を単に軍の任務から逃れることの言い訳としていた人達に報いることなしに、どうやって埋め合わせるかということである。この報告が出版されたとき、シェルショックはその歴史のなかで最も注目されていたが、出版後は、シェルショックという単語は公式の医学および軍事用語から削除された。それは著明な逆説を呈していた。シェルショックの文化的重要性が地に降り立ったそのとき、最も顕著なのは文学的な表現に於いてであるが、それは1970年代にPTSDという言葉で紹介されるまで、心理学や医学の教科書では使用されなくなったのである。
 この報告を通して反映されたものは、精神医学に対して軍により感じられた基礎的な葛藤であり、この日から残る苦悩であった。これらの不明確さは、チャールズ・ウィルソンの証言で、また後に勇気の解剖の著者となるロード・モランによっても曝露された。ウィルソンは、近代戦争において、すべての人が限界点を有していると認めた一方、シェルショックが流行した大隊は、不名誉とみなし、わずかな同情を持ったのみだった。彼はシェルショックは「はしかの如く、非常に伝播しやすい」と考えた。本質的に、軍は罹患者がその崩壊をもたらすか、危険に対して十分な時間を費やすことを考慮し、特別に配慮することができるとした。かわりに、軍隊は、兵士が責任から逃れようとする行為を行わないと感じたなら、無視もしくは採用拒否を行うことができた。

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| 軍事系 | 18:36 | トラックバック:0コメント:0
戦闘中
戦闘中

こっちを描くのは現在休止中。ゲゲボアニメ間に合うかな…

イスラエル首相の暗殺計画があったとのこと。パレスチナ当局は証拠不十分で容疑者を釈放しております。いいかげん話し合いという解決手段を身につけた方がいいと思うのですが。アラブも、イスラエルも。

さて論文の続き。相変わらず直訳。

 本疾患は因果関係を超えて鋭く分割された。心理学に関心を持つ医師は、いくつかのシェルショックの症例が、持続する激しい戦闘ストレスの当然のな結果であると信じた。クレイグロックハートでシェルショックの治療にあたっていた医学人類学者のW.H.R.リバーズ氏は、抑圧の適応形態が失敗したとき、神経症が発症すると信じた。軍の大半は常備でなく志願兵もしくは徴集されたもので、性急に訓練されており、恐怖や不安に対応する効果的なメカニズムを構築する時間が与えられなかった。「人類の歴史の中でこれまで決して知られることの無いような重圧」に直面したとき、「適応の失敗が重大な結果をもたらすとしても不思議はない」とリバーズ氏は述べている。T.R.エリオット氏は、フランスでイギリス陸軍の医長を勤めているとき、シェルショックは兵士の自己コントロールを超えるような持続するもしくは再燃する恐怖の結果として生じるものであると述べた。イギリス遠征軍の神経学医長ゴードン・ホルムスなど、他の医師は、これが単純に仮病もしくは臆病であると考えており、一方で軍の指揮官は徴兵や訓練の注意深い選択によりこの疾患を防げると考えていた。
 本質的に、サウスボロー委員会の報告では、シェルショックの再発生を防ぐためにデザインされた一連の勧告を提示することにより、原因の議論のある点を避けた。まず、単語は
 
 公式の用語から削除されるべきである…心理神経的もしくは精神的崩壊、砲弾の炸裂もしくはその効果が原因に寄与したとしても、戦闘犠牲者として分類すべきでない。

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| 軍事系 | 18:54 | トラックバック:0コメント:0
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